ふかまりゆく秋の哀愁を感じた 浴槽での 小さなできごと 。

わたしは
鼻歌で

肩まで
浴槽につかり

瞑想
しながら

正面のタイルを
眺めていた

ふと
天井に

動くものが
….

ん ?

一瞬
見分けがつかぬ

さて ?

やや焦点が
合ってきて

コオロギかな


思いたかったが

どうやら

茶羽ゴキブリで
ある

….

彼は

天井から
袖壁へ

移らんと
しているが

明らかに
弱っている

足元は
おぼつかず

グラグラと
体がゆれている

わ 、

浴槽に落ちてきたら
どうしよう !

わたしの筋肉が
こわばるのを

彼も瞬時に
察したようで

両者の間に
絶体絶命の

真空音が
しはじめる

わたしは
悟られぬように

ミリ単位で
立ち上がりながら

退避を
試みようとする

が、

その瞬間

ホーローの床に
足が滑り

わっ!


のけぞる

彼が
力尽きたのも

まさに
同時だった

天井から
落下しはじめる彼を

わたしは

横光利一の『 蝿 』のように
眺めたが

彼は

涼やかに
飛びあがることもなく

ペタッ

浴槽の縁に
おちた

ドボーン


わたしが

尻もちをつくのと
同時だったため

お湯が
幸いにも

彼を

洗い場の方へ
押し流す

ぬるま湯なので
彼が火傷することは
ないだろう

わたしは
心配をした

彼は

必死の力を
ふりしぼり

静かに

排水溝のフタに
消えた

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