裏山を眺めつつ、海を想い、日本人を想う。

窓外の
裏山を
眺めると

今や盛りと
ソフトボール大の
八朔みかんが
艶やかな黄色を
誇示している。

つい先日まで

空を覆うような
柿の実の群れで
オレンジ
一色だったのに. . .

今や柿の実は
1つとして
見当たらない。

しかし、
その
今や盛りの
八朔みかんも

ここ2〜3ヶ月で
すっかり姿を消し

何事も
なかったように

時は
新緑の季節へと
向かっていくはずだ。

額縁のような
サッシ窓の中で
繰り返される
自然の摂理

ここに
間違いの無い
四次元がある。

畑に出て
野菜を育てたり

季節の花や
庭木を
手入れしたり

落葉を
箒で掃いたり

そして
八朔みかんを
ジューサーに
かけたり

わたしたちは
常に
時間の装置と一緒に
暮らしているのだ。

わたしは
日本人の精神性の
原点が
この豊かな
山里に代表される
時間装置にあると
思っている。

よく日本は
海洋国家だと
言われる。

それも
十分理解できるし

普段から
沢山のお魚に
お世話になっている。

しかし海の底は
山ほど明瞭に
時の移ろいを
教えてくれない。

漁労そのものが
見えぬ魚影との
命がけの闘いでもある。

わたしたちの先祖は
海と闘いつつ

山に癒されてきたのかも
しれない。

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