学生時代の
一時期
八瀬の裾野に
住んだ。
朝夕
薄汚れた
モップ犬が
やってきて
鼻先を舐める
野趣あふれる
家賃4,500円。
前面に玉砂利の庭。
覆いかぶさる
比叡山の緑。
庭に
7〜8個の
空き缶。
晩夏の夕刻
よく夕立が降る。
カン、コン、キン. . .
最初は不揃い
次第に雨脚が増す. . .
さば缶、ツナ缶、やきとり缶が
共鳴を始め. . .
キンコンカン キンコンカン
乱打が始まる。
乾いた玉砂利が
メノーのように潤い
剥がされた砂が
鼻先をくすぐる。
唯一の財産
レコードプレーヤーに
針を落とす。
ベルリオーズ
幻想交響曲
出だしが
雨音で
聴きとり難い。
しかし
このタイミングしかない。
ボリュームのつまみを
少し
右に回す。
空が濃紺に傾く。
青年以上
社会人未満. . .
不安定の極。
雨音の中から
旋律を聴き取ろうと
鋭敏になる。
幻想が現れ
四畳半は宇宙と化す。
とっぷり暮れた頃
曲は終盤へ. . .
マゼールの
軽快なタクトが
昇竜のように
曲を舞い上げる。
いつからそこに?
モップ犬が
5m 離れて静止し
じっと
わたしを見る。
彼の目に
真理が宿る。
嗚呼、
素晴らしきかな青春。