ここ数日思う、「 朝顔って お浸しに出来るのかなあ?」

最近
裏手の
石崖に

青と白の
朝顔が
咲く

それを
愉しみに
起きたことは
ないが

起きて

窓を開けたら

そこに
咲いていた . .

という

なんとも
奥床しい風情だ

そして
ふと

華道に
思いがおよぶ

食物連鎖の
頂点にいる以上

今さら

生けどる花が
可哀想だ

とか
言うつもりはない

人間が言う
文化とは

あくまで
人間のための
所作であり

言葉を
選ばず言えば

大なり小なり
残酷性を秘めている

花に
最高の場を与えると
生けてみても

愛でるのは
人間であり

彼(いや彼女か)は
石崖に
咲いていたいかも
しれない

しかし!

そんなことを
ウズウズ言ったところで

何の拉致も
明かぬことは

何年も生きてきて
わたしも
知っている

壮烈な生け花に
感動を覚えたことも
ある

ただ!

話は
二転三転するが(笑)

利休が
一輪挿しの朝顔を

茶室へ
入ってくる
秀吉に
見せるために

待庵の
生垣に咲く
朝顔を

一輪残らず
刈らせたことには

やや
納得が行かずにいる

一輪こそが

戦国の将軍ごとく

より
朝顔の美しさを
引き立たせたとしても

一輪のために
全ての朝顔を刈る非情 . .

嘘でも

実は
お浸しにして
食べたんだ . .

という落ちを
つけて欲しかった。

Written by: