一芸に秀でるというのは 羨ましいようで  本人にも周囲にも 難儀なことではある。

彼は
人生の92%を

その
歯科医院の中で
送っている

今日も
訪問すると

彼は

責任感とも
言えそうな

逞しい
背中で

二つの
診察台を

行ったり
来たりしていた

しかも
その姿は

もう40年以上
続いている

わたしは

脱落した歯と
場所を指差しながら

黙って
診察台に座る

「 もうな〜
これが内科とかやったら

ちょっと薬出すだけで
ええんやけど

歯科は一人にたっぷり
30分以上は かかるからな〜 」

そのセリフは
もう

30回以上
聞いている

彼は
説明もせず

わたしの
上下顎に

分厚いパテを
押し込む

わたしは
突然の息苦しさに

あふれる唾液を

飲み込むことさえ
ままならぬ

一種の
拷問である

その間
彼は

隣の診察台で

先ほどと同じセリフを
吐きながら

楽しそうに
笑っている

5分経ち

わたしのパテを
取り外そうと

彼が
振り向く

わたしは

隣の爺の歯周病が
うつらぬかと

彼が
洗浄液に

手を浸けるか否か
チェックする

「 体の若い人は
唾液の量が 多いんよ〜 」

彼は
意図もなく

わたしを
喜ばせる

矢継ぎ早の
治療を済ませ

ふ〜ッと
ため息をついて

わたしは
医院を後にする

彼が
いつまでも

元気であってくれることを
願いながら …

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